一乗院跡(県指定史跡)・仁王石像・上人墓

一乗院(いちじょういん)はかつて、坊津に所在した真言宗の寺院。
対外要港の坊津と共に繁栄し、16世紀の中頃には、後奈良天皇によって勅願寺とされました。薩摩国内屈指の有力寺院の一つでしたが、明治初めの廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)で廃寺となり、建物は取り壊されました。

その後、寺跡は小学校(平成25年に移転)の敷地となり、残された石造りの仁王像や歴代住職の墓(上人墓)が、往時の繁栄を偲ばせています。

一乗院跡

一乗院跡に建てられた小学校。小学校は平成25年に高太郎へ移転しました。

仁王石像

室町時代に建立されたものと言われ、向かって左が密迹(みっしゃく)、右が那羅延(ならえん)。高さ2m余りで仁王像としては大きく、寺の規模の壮大さを想像できます。

一乗院遺構

昭和56年に行われた寺院の発掘調査で見つかった敷石遺構。

上人墓地

旧小学校裏手の丘にある上人墓地には、歴代の住持が眠る石造りの墓が残されています。地元では四角墓と呼び、その形状は日本でも珍しいものといわれています。

現在、敷地内は自由に見学できます。

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